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大阪高等裁判所 昭和41年(う)542号 判決

被告人 中川こと進顕

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人田中福一作成の控訴趣意書記載のとおり(但し控訴趣意第二点の主張は撤回する旨釈明した)であるからこれを引用する。

所論は、原判決は被告人の本件所為について正当防衛を認めず有罪と認定したけれども、本件は被告人が被害者らが店舗の板戸に向つて放尿しているのを見て注意したところ却つて空のボール箱等を投げつけられたり等して攻撃を加えられたので、自己の身を防衛する為已むなく、持つていた折たゝみ式洋傘を振り廻したところ柄が延びてその先が被害者に当つたもので被告人の各所為は正当防衛であつて、無罪であるというのである。

よつて調査するに、原判決挙示の証拠を総合すると、被告人は被害者らの放尿しているのを見て注意したところ却つて口答えされた為被告人は立腹し、「俺が注意したのが気に食わんのか」といい、一方被害者も被告人の高圧的な態度に酔余立腹して、被告人にからんで来たことから双方殴り合いの喧嘩になり、その際被告人は持つていた折たゝみ式洋傘を振り廻したところ柄が延びてその先が被害者の鼻に当り傷害を負わせたものであつて、所論の被害者がボール箱等を投げつけたのはその際のことではなく、その後のことで場所も異なることが認められ、以上の経過にかんがみ被告人の右所為は喧嘩闘争の過程において為されたものとみるべきであり、その全般からみてこれを正当防衛行為とは認められない。したがつて原判決が被告人の所為を以て正当防衛と認めなかつたのは固より正当であつて原判決にはこの点に関しては所論の如き事実誤認はない。論旨は理由がない。

しかしながら職権を以て原判決の事実認定を調査するに、原判決は被告人の本件所為を以てその暴力行為の習癖の発現であるとしその常習性を認定しているのであるが、なるほど被告人の司法巡査に対する供述調書及び前科調書によれば、被告人は過去において

(一)昭和三六年五月一五日京都簡易裁判所で傷害罪により罰金三千円

(二)同年一〇月一二日同裁判所で暴行罪により罰金三千円

(三)昭和三八年一月二八日京都地方裁判所で暴力行為等処罰に関する法律違反罪により懲役三月

(四)同年七月三一日同裁判所で傷害罪により懲役四月

(五)昭和三九年八月二八日京都簡易裁判所で同罪により罰金二万円

にそれぞれ処せられているのにまたもや本件所為に及んでいること、右各事犯は(四)、(五)の犯行の際飲酒していたほかはいずれも些細なことから犯行に及んだものであること等彼此考え合せると、なるほど形式的には原判決の認定する如く被告人が暴力常習者であると認められないことはない。しかしながら本件はもともと被告人が被害者の酔余とはいえあまりにも非常識な行動を見て注意したところ、却つてこれに反抗的態度に出られたことから立腹の余りこれに対抗する為殴り合いの喧嘩となつたもので、いわば被害者に挑発された上の犯行ともいうべく、而も喧嘩とはいいながら毫も自らが積極的に攻撃を加えたものでもなく防衛的のものであることを考えると、本件犯行の動機、態様を深く検討せず、ただ前科があるという理由だけで直ちに本件犯行をもつて被告人の暴力行為の習癖の発現と見るのは妥当でなく被告人の原判示傷害の所為は単純傷害と認めるのが相当である。よつてこれを常習としてなされたものと認定した原判決は事実を誤認したものというべく右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し同法四〇〇条但書を適用してさらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

原判示罪となるべき事実の八行目の「常習として」とある部分を削除するほかは原判示事実と同一であるからこれを引用する。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法二条、三条に該当するから所定刑中罰金刑を選択しその所定金額の範囲内で被告人を罰金一万円に処し、刑法一八条により右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人の負担とする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 山田近之助 瓦谷末雄 岡本健)

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